黄昏の世界を生きる

世界各地で、火山が噴火し、地震が起き、大火災で野生動物が住処を追われ、銃や刃物による惨い殺傷事件が起き、教会や宗教施設が損壊され、行方不明者は増加し、ワクチンのないウイルスが蔓延し、もう一体、地球はどうなってんだという感じですが、どうにかこうにか、自分は今日も生きています。ありがたいなあ。

今のこの世界で平均寿命まで、事件事故災害に巻き込まれずに(もちろん当事者にもならずに)生きられたら、もうそれって最高にラッキーなことなんじゃないかと、心底思います。

そりゃ、心身を病むことは人間だれしもありますし、もうダメだ、これ以上生きていたって仕方ないという心境に陥ることも、私も割と何回もあります。

それでも、屋根の下で、暖かい布団の中で、お風呂に入った清潔な状態で、おなかいっぱいごはんを食べられて、明日の朝まで深く眠ることができる。……その生活のなんと平和で貴重なことか。

それを忘れてはいけない、と、今の私は感じています。(という考えを誰かに押し付けたいわけではなく、個人の勝手な思考です)

 

海外ニュースをチェックしては、世界の不穏な先行きにやるせない気持ちになり、自分に何かできることはないのか、ないんだろうなあ……と、やや諦観の心境に至ったり……

他方、近隣地域のタピオカやショコラトリーのトピック、グルメ情報に心を躍らせる自分の、そのミーハーさに、一拍おいて「これでいいのか……?」と考え込んだり。

ネットで海外の情報を見なければ、私は楽しい世界に生きているんだと錯覚しそうですし、完璧にそう思い込むことも可能でしょう。

だけどそれは、非常に狭い、閉じた世界。

閉じた世界で一生生きていければそれはそれで平穏かもしれませんが、一生続くかは大いに疑問な情勢となってきています。

セルフ目隠し状態で生きていては、いざ、不測の事態が起きたときに、どうなってしまうか不安だから、世界各国の動向を見ては今後どうなるかの予想を自分なりに立ててはいます。

が、予測はしても対策は立てられていない。
それって結局知らないのと一緒じゃないの?、いやきっと無駄じゃないはずだ、でも今回新型コロナウイルスが流行りだしたときだってマスクを買い遅れたじゃないか、と脳内で自分と自分が罵りあっています。

新型肺炎の流行一つでさえ、「大変なことになりそうだ」と思いつつもろくに対策行動を取れなかった自分は単なる、「知ってただけの頭でっかち」なのですが……

今後はより、「知った情報をどう活かしどう使うか?」という方向へシフトしていきたいなあ……
情報の精査(何が真実なのか、より真実に近いのかと調べる行動と自分の頭で考える癖をつける)、未来の予測、それに対する備えと心構えですね。

「行動」がすべて。
なんだか今とくに、その言葉を強く念じて生きることが大事なように感じられます。パニックにならず、希望を忘れずに、淡々とやるべきことをやる。

危機管理はしつつも、明るい気持ちを失ってしまったらそれこそ人生が損なわれてしまうので、現実をきちんと見据えつつも、自分主体の判断に責任をもって人生をほどよく前向きに生きていきたいなと。



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